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06.22.11:57

清河神社例大祭(直会の部)

emoji「お蓮の梅植樹事業」が終了しますと、拝殿にテーブルを並べ例大祭の直会になりました。

emoji最初に庄内町議会議長吉宮茂様から祝辞を頂きました。



emojiスピーチで挨拶を頂いた「新釈清河八郎伝」著者の加藤淳氏。



emoji続いて、歴史研究家「あさくらゆう」氏が、最近発見された、八郎の献策によって編成された浪士組の新たな名簿、「浪士姓名簿」について解説を交え細かくお話して頂きました。

 

emoji歴史研究家の「あさくら ゆう」さん。



emoji元立川町長の清野義勝氏の発声で乾杯をし、直会となりました。

 
emojiラベルも名称もオリジナルの清酒「清河俱楽部」。お土産には最適です。


  
 emoji宴も盛り上がってはいましたが、万歳三唱を清川公民館長管原昭治氏にお願いしたところ、八郎は剣術の達人でもあったことから、即興で考えたという自称「北辰一刀流式万歳」を教えて頂きました。

emoji最初に「ばんざ~い」で両手を上にあげるのは共通ですが、その上げた手で剣道の正眼に構えた位置まで下して来て声は「と~~」でした。菅原館長のユニークでありながら、的を得た万歳に皆さん感心しきりでした。




 

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06.12.16:40

お蓮の梅植樹事業

≪160年越しの祝言 現代に蘇る夫婦愛≫

emoji式典が終わり、拝殿を直会会場に準備している間に、参列者皆さんの立会いの下、「お蓮の梅植樹事業」が行われました。


emojiお蓮は、天保11(1839)年、山形県東田川郡熊出村の医師・菅原正庵の四女として生まれています。

 家が貧しく、10歳のときに養女に出されていますが、17歳の時には遊郭に売られています。その年に客として上がった八郎と出会います。「虎尾の会」同志の安積五郎と共に鶴岡の湯田川温泉に遊びに出向いたときに、安積が酔った勢いで「節分の豆まきだ!」といい、酒宴の場でお金をばら撒きます。すると、酌をしていた女たちが一斉にお金に飛びつき、あられもなく奪い合いが始まりますが、1人だけ悲しげな眼をして端然と座っていたのがお蓮でした。遊女・酌婦と言えば最も身分の低い女とされていましたが、八郎はお蓮の「心」に惹かれたのです。お蓮の本名は高代と言いましたが、 「蓮の花は泥水に染まらずに香り高く咲いて清らかだ」と言って、八郎が命名したのが「お蓮」でした。当然、庄内でも富豪であった生家の斎藤家では大騒ぎとなり、八郎は勘当同然でお蓮と生活をすることになります。

 文久元(1861)年、八郎は町人無礼斬りで幕府の罠にはまると、お蓮は連坐して投獄されてしまいます。最後まで八郎を信じ、八郎の為にと耐え抜いたのでしたが、翌年文久2(1862)年に数え24歳で亡くなっています。

 この日移植された二本の苗木は、鶴岡市熊出(旧朝日村熊出)のお蓮生家に代々育って来た樹齢300年を超える梅の木から生まれた苗木で、NPO法人元気・まちネット代表の矢口氏が、神社の境内に植えて現代に二人の出会いを実現したらどうかとの提案を頂き、清河八郎顕彰会が準備し、実現させたものです。
 
emoji記念植樹で挨拶する「お蓮」生家の管原善一(鶴岡市熊出)さんです。
 「私の家に代々伝わって来た梅が、このように立派な式をして頂き、夫である八郎さんの傍に生き続けることに「お蓮」もきっと喜んでいると思います。どうか末永く育てていって貰いたいです。」と述べられました。



emoji記念植樹をする向かって左から、NPO法人元気・まちネット代表矢口正武氏、清河八郎顕彰会会長正木尚文氏、お蓮生家菅原善一氏



emoji向かって左から清河八郎生家親族であり、「新釈清河八郎伝」著者の加藤淳氏、庄内町長原田眞樹氏、庄内町議会議長吉宮茂氏

 


emoji参列者の皆さんと一緒に記念撮影です。


emojiこの後は例大祭直会になりますが、また後日といたします。

 

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06.04.15:07

『清河神社例大祭』直会です

emoji 神事が終わった拝殿で引き続き直会を行いました。
   今年は48名の皆さんから御出席頂きました。特に今年は、昨年、坂本龍馬の北辰一刀流免状の真贋を決定付ける資料として、記念館が所蔵している八郎免状が用いられたことの縁で、八郎、龍馬、両名が稽古の場としていた北辰一刀流道場「玄武館」千葉榮二郎の子孫の方からも参加して頂きました。

emoji 祝辞を述べられる庄内町長原田眞樹氏

 

emoji スピーチを頂いた、歴史企画研究家「あさくらゆう」氏
 高知県香南市のテーマパーク「創造広場アクトランド」から、龍馬の免状が本物かどうかの鑑定を依頼された京都国立博物館が、何故八郎の免状を参考にしたかと云う真相を話して頂きました。 
 それによると、北辰一刀流免状は多々あるものの、公益財団法人清河八郎記念館という社会的に、そして公に認められている組織が所有する免状としては、国内唯一の免状であったことが挙げられると云うことでした。記念館が所蔵する重みを感じた言葉でもありました。

 

emoji 北辰一刀流玄武館「千葉榮二郎」子孫の熊木能忠氏。



emoji (公財)荘内南洲会理事長水野貞吉氏。



emoji直会でテーブルを飾った清酒「清河倶楽部」です。庄内町のお土産としても大人気の純米吟醸酒です。 



 

emoji 予報では雨の文字があり、対策を心配していたのですが、当日は見事な五月晴れとなり、神社役員一同ホッとした中での挙行でした。八郎祥月命日としてから3年目、今年は平日にも拘らず多くの皆さんから御参列頂き、誠に有難く役員一同心から感謝申し上げます。また来年の再会をよろしくお願い致します。



 

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05.31.15:51

清河神社例大祭が執り行われました。

emoji爽やかな皐月の風がそよぐなか、清河八郎祥月命日に当たる5月30日(月)に、清河神社において例大祭が挙行されました。式典には関係者約70名が参列し、正木宮司の祝詞、神社本庁献幣使の祝詞に続き、日本九重流詩吟の会立川支部の皆さんから、八郎の辞世の句や、日本九重流三代宗家作の「清河八郎に捧ぐ」等が吟じられました。
 式典終了後の直会には48名が参加され、八郎の偉業を讃えながら、顕彰事業に対する様々なご意見を伺うことが出来ました。
 昨年末に坂本龍馬の「北辰一刀流免状」の真贋を見極める資料として、清河八郎記念館が所蔵する八郎の「北辰一刀流免状」が使用されたこともあり、北辰一刀流玄武館千葉榮二郎(初代館長千葉周作次男)子孫の方も参列して頂きました。

emoji 天気予報は曇り後雨となっておりましたが、爽やかな皐月の空の下で執り行われました。


emoji開式を伝える軽妙な太鼓の音が響き渡りました。


emoji参列者が 修祓を受けます。


emoji本殿の扉を開け祭神を招き入れる開扉の義。「お~~~お~~~」の警蹕(けいひつ)の声が響きます。


emoji正木宮司の祝詞



emoji日本九重流詩吟立川支部による奉吟の義


emoji清河神社奉納吟詠、八郎が自ら作った和歌「ふきおろせ」、「いざさらば」、そして亡き妻「お蓮」を偲んだ「さくら花」、さらには、辞世の句となった「魁て」、また漢詩「志を言う」等を伸びやかな声で吟じて頂きました。
 朗詠する日本九重流詩吟学会庄内支部の皆さん。向かって右から土門登洲(とうしゅう)範師総伝八段(立川教場長)、高野穹洲(きゅうしゅう)範師皆伝八段、太田悠風(ゆうふう)教師奥伝五段。


emoji玉串奉奠を行う崇敬者の皆さん。

 




 

 emoji式典の最後に正木宮司から御礼の挨拶が有りました。

 


emoji式典が終わると廣田記念館長から、「本日の資料にも有る、坂本龍馬北辰一刀流免状を特別展示しているので是非ご覧頂きたい。」と紹介が有りました。




emoji式典に続き直会が行われましたが、開催状況については次回ご紹介させて頂きます。暫くお待ち願います。
 

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05.31.21:57

清河神社例大祭

emoji 清河神社例大祭が、八郎の祥月命日である5月30日、約50名の参列者のなか挙行されました。今年は土曜日に当たるため、小学校が休みの日と重なり、2012年以来の巫女舞が奉納されました。

▼ 修復なったばかりの八郎坐像が一段と輝いて見えました。



▼ 警蹕(けいひつ)の「オ~~!」という声が響く中、厳かに本殿の扉が開けられます。

 

▼ 参列者が御祓いを受けます。



▼ 巫女舞を奉納します。「浦安の舞」と「めずらしな」の二曲が奉納されました。





▼ 日本九重流立川支部の皆さんによる奉吟です。
八郎の辞世の句「魁てまたさきがけん死出の山 まよいはせまじ 皇(すめらぎ)の道」、妻お蓮の死を慎んで詠んだ歌「さくら花 たとひ散るとも 壯夫(ますらお)の 袖ににおひを とどめざらめや」などを吟じて頂きました。





▼ 祭典 の最後に挨拶する正木宮司




emoji これで祭典は終了し、引き続き拝殿に於いて直会が行われましたが、その様子はまた後日にご報告いたします。

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