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06.06.11:52

山形新聞提言欄に取り上げてもらいました

emoji6月5日(水)山形新聞7面の提言欄で、平成最後の3月31日に発足した「清河八郎研究会」について取り上げて頂きました。研究会会長の小野寺雅昭氏が寄稿したもので、研究会発足の理由について、

 第一に、昨年の明治維新150年記念事業が切っ掛けで数々の新資料が発見され、歴史を見つめ直す機運が生まれたこと。
 第二に、地域史研究の機運が高まると同時に、その研究資料の保存と継承の危機感も高まったこと。
 第三に、4月に清川関所、「川口番所」や「船見番所」がオープンしたことにより、歴史公園構想という庄内町の地域活性化が具体的に動き出したこと。
 以上の三点を挙げております。
 
 現在会員は20名を超え、漢文で記されている八郎の若き時代の日記「旦起私乗(たんきしじょう)」の解読を目指しているとのことです。

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05.20.13:51

山形新聞社説として取り上げて頂きました。

emoji山形新聞さんが5月20日付け社説で、清川関所の完成に触れ、清川歴史公園を広域観光の結節点として活用するようにとの社説を掲載してくれました。

 概要は、庄内藩境5カ所の関所の中でも川口番所として他の箇所より人の往来は多かったこと。最上川の水駅として栄えた清川には、源義経や松尾芭蕉の足跡が残され、藩主の宿泊所の有った御殿林は戊辰戦争の戦場となったことなどを紹介しています。

 清川に生まれた清河八郎は明治維新の先駆けと呼ばれ、八郎が提唱した浪士組が後の新選組、新徴組の前身となり幕末に大きな影響を与えた。清川には八郎を祀る神社と記念館があることを紹介しています。

 また清川集落の南端山裾を開削した「北楯大堰」は、昨年「世界かんがい施設遺産」に県内で初めて選定され、その大堰の水源となっている立谷沢川上流にある六渕砂防堰堤と瀬場砂防堰堤は17年に国の「登録有形文化財」となっていることも紹介しています。

 さらに清川は羽黒参拝の入り口として栄え、立谷沢地区から羽黒山頂に向かう「羽黒古道」が地域住民により最近復活され、清川関所と共に日本遺産「出羽三山生まれかわりの旅」の構成要素になっていることを紹介しています。

 関所を訪れる多くの人々を通じこうした多くの歴史資産をもつ地元の魅力を高め、庄内全域や内陸も含めた県観光の発信拠点になることを期待したいと結んでいます。

▼2019/05/20山形新聞社説

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05.09.09:25

清河八郎研究会を山形新聞さんが紹介してくれました。

山形新聞5月9日付13面に「幕末の偉人 功績を後世に」とのタイトルで、庄内出身で江戸時代に活躍した酒田市出身の洋学者本間郡兵衛と、清河八郎の功績を新たに探り再評価する研究会の発足を伝えています。


 

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04.02.14:36

「清河八郎研究会」発足する‼

▼ 会の運営、組織体制を協議する参加者の皆さん。



 

平成最後の年となります31331日(日)に、幕末維新の魁、清河八郎生誕の地、庄内町清川「清川公民館」で、「清河八郎研究会」が発足しました。出席頂いた方は、小野寺雅昭氏(発起人)、小野寺裕氏(清川八郎記念館理事)、白井久美子氏(松山文化伝承館調査員)、長南伸治氏(上山城郷土資料館学芸員)、阿部宇洋氏(山形大学)、廣田幸記氏(清河八郎記念館長)、管原昭治氏(清川公民館長)、渡部恵子氏(清川公民館係長)の8名の皆さんです。

 

1.研究会の趣旨は、昨年11月「明治維新150年記念フォーラム 清河八郎はどんな人⁉」を受け、将来にわたりこの地域の清河八郎研究が発展するよう新しく研究会を立ち上げ、地域社会へ貢献できるよう努め、特に八郎の自筆日記の研究を図ります。

 

2.研究会の方針・活動内容は、

1)先行研究に学びながら、特に八郎自筆日記、書簡類を読む活動中心とする。

  (年4回春夏秋冬1回ずつ、基本的に日曜日午後、毎回講読発表者を決め、検討し、八郎の行動、思想、周囲の環境情報を考える。)

2)庄内在住はもとより、県内外の若手研究者や関心のある方に呼びかけ参加を求める。

3)年1回は、研究発表会を開催し、地域の関心ある方へ研究成果を発表する。

  1110日を予定し、清川公民館を会場に、多くの方を招待し、会員の研究発表を行う。研究発表会後に懇談会も行う。

4)購読や研究発表の進展具合を見ながら、機関誌の編集も検討する。

 

3.331日の清河八郎研究会発足総会において、組織体制を協議し、研究会の会長には発起人代表の小野寺雅昭氏(酒田市)、副会長には廣田 幸記氏(庄内町)と小野寺裕氏(庄内町)を選出した選出した。

事務局には、(庶務)清川公民館及び(会計)菅原昭治氏(庄内町)が選出されました。

4.発足総会後、第1回研究会、講読会が行われ、日記『旦起私乗』について、小野寺雅昭氏が講読しました。

5.研究会会員に応募される方は、事務局(清川公民館0234-57-2211)か、会長の小野寺雅昭(携帯:090-8923-8058)へ問合せ下さい。年会費は千円です。

6.次回の清河八郎研究会は、623日(日)13301600まで、会場は清河八郎記念館で開催します。

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01.03.21:13

「明治維新150年記念フォーラム」開催

県内外から400名超の人が参加!
明治維新150年記念事業フォーラム“清河八郎はどんな人⁉”


 平成30年11月10日(土)、11日(日)、二日間の日程で明治維新150年を記念し“清河八郎はどんな人⁉”をテーマにフォーラムを開催しました。一日目は、庄内町余目「響ホール」(参加者約300名)で開催され二日目は、清河八郎生誕の地、清川の清川公民館(参加者約120名)を会場に行いました。

開会行事の中で、八郎の盟友だった幕臣山岡鉄舟ゆかりの寺、東京谷中の全生庵から清河八郎記念館に、清河八郎関係史料の贈呈が行われました。


【第一日目】会場:余目「響ホール」

アトラクション「上山市無形文化財 上山藩鼓笛楽」



 戊辰の役の頃に上山でフランス式の軍隊調練を行った折に奉奏されたことが始まりと伝えられている上山藩鼓笛楽を披露して頂きました。

 

記念講演「清河八郎と安積(あづみ)五郎」

講師:徳田 武 氏(明治大学名誉教授)


 漢詩・漢文を自在に読みこなすことの出来る、徳田先生から親友の安積五郎との交友を中心に講演をして頂きました。キーポイントは次の二点が挙げられます。
 
町人無礼討ちは、幕府側の陰謀”

 “八郎の人間性も一言で割り切れない”

パネルディスカッション“清河八郎はどんな人⁉”(第一部)
司会:池田定志氏(前庄内町教育長、(公財)清河八郎記念館理事)


パネラー 西脇 康氏(東京大学史料編纂所専門職員)

     金野啓史氏(日野市立新選組のふるさと歴史館館長)

     本林義範氏(東京都台東区谷中 全生庵副住職)

     岩下哲典氏(東洋大学文学部史学科・大学院文学研究科史学専攻教授)




発言要旨から特筆すべき内容を掲載します。

“町人無礼討ちは、不幸な出来事”(西脇)

“清河の文才はすごかった”(西脇)

“史料から見た見通し、清河は西郷と会っている!”(西脇)

“清河八郎がいなければ新選組はなかった”(金野)

“持ち前の行動力とネットワークを活かして、浪士を結集”(金野)

“本当の友人、千秋万古、この人朽ちず”(本林)

“鉄舟と清河八郎は非常に似ていたのではないか”(本林)

“泥舟は、兄のように清河を見ていた”(岩下)

“「江戸無血開城」に清河の思想的なものが存在する?”(岩下)

【第二日目】会場:清川公民館

アトラクション「戊辰の役を戦った女たち」

 中村恵二氏の紙講話「麗人剣士中澤琴物語」、



三浦㐮水氏の琵琶演奏



会津こころ亭星絵里子氏の紙芝居「新島八重物語」



パネルディスカッション“清河八郎はどんな人⁉”(第二部)



超満員だった清川会場



司  会 加藤 淳氏(『新釈 清河八郎伝』著者)

パネラー 横山昭男氏(山形大学名誉教授)

     長南伸治氏((公財)上山城郷土資料館学芸員)

     廣田幸記氏((公財)清河八郎記念館館長)

     和田一江氏(鶴岡市立第二中学校教頭)

“八郎は筆まめで、書簡の文体は実直・誠実そのもので、人間味に溢れている”(横山)

“儒学者から「経世済民」の行動者に変わる”(横山)

“清河八郎顕彰活動のゴールは、贈位決定”(長南)

“思い立ったら即行動。最短距離で目的達成を目指す人物”(長南)

“記念館は、建築以来55年、老朽化”(廣田)

“町の4偉人、清河八郎記念館が、新しい博物館になればいい”(和田)

 最後に、齋藤耕治実行委員長から「今回のフォーラムを通して、八郎さんのこれまで、あまり良くない評価のあった、町人無礼人斬りと浪士組が江戸に帰って攘夷の実行をする提案について、あらためて、私は見方が変わりました。」と閉会の挨拶がありました。

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