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12.03.11:16

「西遊草」復刻版発行プロジェクト始動


※クラウドファンディングによる資金調達を準備中です。

emoji「西遊草(清河八郎著・小山松勝一郎校注/A6判p549)」は、1993年に第1刷が、2000年に第2刷が岩波書店から発行されましたが、現在は絶版となっています


emoji「西遊草」原本



emoji清河八郎著・小山松勝一郎校注「西遊草」



■清河八郎再評価の動き

  昨年、明治維新150年を記念し特別講師に明治大学名誉教授徳田武氏を迎えフォーラム、「清河八郎はどんな人⁉」を二日間にわたり開催したところ、町内外から多くの参加者があり、これまで言われてきた単に「策士」の評価から、「他人を思いやる優しさ、仲間を信じる誠実さ、そして不屈の精神と政治的確信に基づく行動力の男であり、真の憂国の志士であった。」と言う新たなキーワードをパネラーの皆さんから語って頂きました。
 
emojiフォーラム「清河八郎はどんな人⁉」で「清河八郎と安積五郎」と題して講演した明治大学名誉教授徳田武氏

 

emojiパネルディスカッション一日目(会場:余目『響』ホール)パネラー『西脇康氏(東京大学史料編纂所専門職員)・今野啓史氏(東京都日野市立新選組のふるさと歴史館館長)・本林義範氏(東京都台東区谷中全生庵副住職)・岩下哲典氏(東洋大学教授)』

 

emojiパネルディスカッション二日目(会場:清川公民館)
コーディネーター加藤淳氏(元祥伝社文庫編集長 新釈清河八郎伝著者)
パネラー横山昭男氏(山形大学名誉教授)・長南伸治氏(上山城学芸員)・和田一江氏(元庄内町教育委員会指導主事)・廣田幸記氏(公益財団法人清河八郎記念館館長)

 

emojiまた同じく昨年11月、JR東日本管内全ての新幹線に備えられているフリー情報誌「トランベール」に西郷隆盛と共に「幕末の英傑が庄内に残したもの」とのタイトルで10ページにわたり特集してもらいました。これらを通して記念館への入場者数も増え、八郎への再評価が全国的に高まっていると考えています。
 さらには今年、「清河八郎研究会」が発足し多角的見地から八郎の行動を読み解く動きが生まれました。

emojiJR東日本新幹線ふりー情報誌「トランベール」



 

emoji「清河八郎研究会」開催風景

 
 

















■八郎を理解する上で貴重な一冊

emoji「西遊草」は安政2(1855)年、八郎26歳、母42歳の時に母子で約半年間、伊勢参りの旅を行った際に、毎夜欠かさず書き記した日記文で近代紀行文の名品と言われています。安政年間の日本国内の風景や風俗、人々の暮らし振りが克明に綴られ、また歴史的建造物にかかわる人間を八郎独自の視点から評しており、八郎の人間像を理解する上で実に興味深い一冊になっています。

emoji「西遊草」行程図(清河八郎記念館作成)




















emoji
上述のとおり、八郎を再評価しようとする動きが全国的に高まっている今だからこそ読んでもらいたい一冊であり、記念館を訪れる入館者が飛躍的に高まっている今を好機と捉え復刻版を発行したいと考えています。

emoji
具体的支援の方法
emoji山形県内クラウドファンディングの総合サイト≪クリック≫☞「山形サポート
様の協力を得て、近日掲載に向け只今準備中です。正式に発足しましたらお知らせしますので、その際はご何卒ご支援をお願いいたします。






 

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09.15.15:57

「新・歴の里清川」スライド公開です。

歴史の里清川を紹介する​​スライド、「歴史の里清川」の第二弾、「新・歴史の里清川」を公開しました。⇒​​​​​​https://www.youtube.com/watch?v=2Fa9TUlDIo4&t=47s​ 前作は、平成31年4月に竣工した庄内藩清川関所「川口番所」と「船見番所」が公開される前に作製したもので、清川に新設された広域観光の拠点施設が紹介されていませんでした。今回、エンディングのシーンに二つの施設を加え、​新たにチャレンジする清川の姿を紹介しています。

​スライドで紹介している歴史資産は全部で9箇所です。


最初に紹介している箇所の位置を「歴史の里マップ」を使って案内しています。


一番目は清河八郎記念館
​清河八郎記念館は、八郎の没後百年記念事業の一つとして、昭和37年に建設されました・・・・・・。​


二番目は清河神社
清河神社は明治41年正四位を贈られたのを機に、大正12年の清川戸主会において神社建立を決議し・・・・・・・・。


()()()()

三番目は北楯大堰
北楯大堰は慶長6年西暦1601年に狩川城主となった北館大学が・・・・・・・・。


四番目は金華山歓喜寺
金華山歓喜寺は曹洞宗のお寺で、天正7年、西暦1579年に・・・・。


五番目は御諸皇子神社
御諸皇子神社参道の入り口に一対の仁王像があります。一般的に神社の守り神は狛犬で、お寺の守り神が仁王像ですが・・・・・・。


六番目は清河八郎生家跡
八郎の生家齋藤家は古くから清川に住んでおり、多くの田畑や山林を持ち、また酒造業を営む裕福な家でした・・・・・・。


七番目は松尾芭蕉上陸の地と清川関所跡
庄内、最上の境であり、最上川舟運の要所であった清川には、庄内藩の関所が設けられていました・・・・・・・・・。


八番目は御殿林
時は慶応4年、西暦1868年4月24日、鳥羽伏見の戦いが東北の地にも移り、戊辰戦争清川口の戦いがあった場所なのです・・・・・。


九番目は戊辰戦争官軍墓碑
官軍が退いた後に残された長州藩士二名の戦死者を、清川の人たちは敵と言えども暖かく弔い・・・・・・。


そして最後に平成31年4月に竣工した荘内藩清川関所「川口番所」と「船見番所」を紹介しています。清川歴史公園のHPはこちら⇒​https://kiyokawa-historicalpark.navishonai.jp/



18分17秒の時間ですが、数多い歴史資産を要約しながら紹介しておりますので最後までご覧ください。

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06.06.11:52

山形新聞提言欄に取り上げてもらいました

emoji6月5日(水)山形新聞7面の提言欄で、平成最後の3月31日に発足した「清河八郎研究会」について取り上げて頂きました。研究会会長の小野寺雅昭氏が寄稿したもので、研究会発足の理由について、

 第一に、昨年の明治維新150年記念事業が切っ掛けで数々の新資料が発見され、歴史を見つめ直す機運が生まれたこと。
 第二に、地域史研究の機運が高まると同時に、その研究資料の保存と継承の危機感も高まったこと。
 第三に、4月に清川関所、「川口番所」や「船見番所」がオープンしたことにより、歴史公園構想という庄内町の地域活性化が具体的に動き出したこと。
 以上の三点を挙げております。
 
 現在会員は20名を超え、漢文で記されている八郎の若き時代の日記「旦起私乗(たんきしじょう)」の解読を目指しているとのことです。

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05.20.13:51

山形新聞社説として取り上げて頂きました。

emoji山形新聞さんが5月20日付け社説で、清川関所の完成に触れ、清川歴史公園を広域観光の結節点として活用するようにとの社説を掲載してくれました。

 概要は、庄内藩境5カ所の関所の中でも川口番所として他の箇所より人の往来は多かったこと。最上川の水駅として栄えた清川には、源義経や松尾芭蕉の足跡が残され、藩主の宿泊所の有った御殿林は戊辰戦争の戦場となったことなどを紹介しています。

 清川に生まれた清河八郎は明治維新の先駆けと呼ばれ、八郎が提唱した浪士組が後の新選組、新徴組の前身となり幕末に大きな影響を与えた。清川には八郎を祀る神社と記念館があることを紹介しています。

 また清川集落の南端山裾を開削した「北楯大堰」は、昨年「世界かんがい施設遺産」に県内で初めて選定され、その大堰の水源となっている立谷沢川上流にある六渕砂防堰堤と瀬場砂防堰堤は17年に国の「登録有形文化財」となっていることも紹介しています。

 さらに清川は羽黒参拝の入り口として栄え、立谷沢地区から羽黒山頂に向かう「羽黒古道」が地域住民により最近復活され、清川関所と共に日本遺産「出羽三山生まれかわりの旅」の構成要素になっていることを紹介しています。

 関所を訪れる多くの人々を通じこうした多くの歴史資産をもつ地元の魅力を高め、庄内全域や内陸も含めた県観光の発信拠点になることを期待したいと結んでいます。

▼2019/05/20山形新聞社説

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05.09.09:25

清河八郎研究会を山形新聞さんが紹介してくれました。

山形新聞5月9日付13面に「幕末の偉人 功績を後世に」とのタイトルで、庄内出身で江戸時代に活躍した酒田市出身の洋学者本間郡兵衛と、清河八郎の功績を新たに探り再評価する研究会の発足を伝えています。


 

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