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01.21.15:17

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  • 01/21/15:17

12.10.14:33

北辰一刀流剣術



北辰一刀流剣術(ほくしんいっとうりゅうけんじゅつ)とは、幕末の剣豪、千葉周作(右写真)が創始した日本の剣術の流派の1つで幕末三大道場の一つにも数えられる。
 清河八郎は、嘉永4年(1851年)2月1日から、この神田お玉が池の北辰一刀流千葉周作道場「玄武館」に通い始めた。八郎22歳の時だった。田舎修行3年は江戸修行1年に当たり、なかでも玄武館は名門中の名門。普通、道場には5日に1日、月に6日通うのだが、八郎は毎月20日~25日くらい通い、平日の2倍は稽古をする寒稽古ともなると、1日も欠かさず出席し、めきめき腕を上げた。
 普通、「初目録」をもらうのに2,3年かかるところ、八郎はわずか1年でもらっている。その上が「中目録免許」、さらに上が「大目録皆伝」となる。中目録免許をもらうと師範になれ、自分の剣道場を開ける。八郎は29歳で中目録、31歳で大目録免許を得た。

■幕末江戸三大道場
●玄武館(北辰一刀流)
 文政5年(1822年)
 日本橋品川町・神田お玉ヶ池に千葉周作が開設。
●練兵館(神道無念流)
 文政9年(1826年)
 九段下神田俎橋畔(現在の靖国神社境内)に斎藤弥九郎が開設。
●士学館(鏡新明智流)
 京橋蜊河岸に桃井春蔵が開設。

「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」と言われた。

 北辰一刀流剣術は、中西派一刀流剣術の流れを汲む流派であり、その体系は剣術、薙刀術からなる。千葉周作による合理的な指導法により、多くの門人を輩出した。周作が幼少より学んだ北辰夢想流と最後に学んだ中西派一刀流を統合して創始された。
 また、他の一刀流系の流派が五~七段階の段位を設けているのに対し、当流においては初目録、中目録、大目録皆伝の三段階にまで簡略化されている点や、初心者でも分かりやすい教授方法の導入したこと等の特徴を持っている。

 門弟としては、八郎以外では、八郎の朋友・山岡鉄太郎(鉄舟)、後の新撰組・藤堂平助・山南敬助・伊東甲子太郎・服部武雄らも学んだといわれる。なお、坂本龍馬も北辰一刀流だが、龍馬は周作の弟・定吉に師事しており、直接の弟子ではない。
 現在では北辰一刀流の道場がいくつか現存している。日本古武道協会に加盟している茨城県、水戸の東武館をはじめ東京都杉並区には玄武館、日本伝統技術保存会の道場がある。

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