07.23.16:52
「西遊草」特別講座が開催されました
■ 7月12日(木)に清川公民館の主催する「清川成人大学講座」が、「西遊草」特別展開催中の清河八郎記念館で開催されました。当日はあいにくの天候でしたが、町内外から9名の参加者があり、広田館長が語る、八郎と母の伊勢詣での行程を追いながら京都・富士山・江戸での滞在の様子を聞き、清河八郎という人物を明治維新の火付け役としてだけではなく、また別の観点から捉えることができる貴重な講座となりました。
▼ 廣田館長から、『西遊草』について解説していただきました。
さて、ここで問題です!
清河八郎の幼名は「齋藤元司」ですが、なぜ「清河八郎」という名前に改名したのでしょうか?「清河」という苗字は察しがつきますが、では「八郎」は一体どこから?
答えは、ぜひ記念館に来て聞いて下さいね 。
『西遊草』の特別展は9月8日(日)まで開催しております。
出前講座致します。清河八郎記念館にご連絡ください。
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07.11.20:11
「回天の道」に説明板を寄贈して頂きました。
■ 国際ロータリ―第2800地区立川ロータリ―クラブから「回天の道」の説明板を二枚贈呈して頂きました。
これは、国際ロータリークラブの基本理念の一つである社会奉仕活動の一環で、日頃からボランティア活動を通して地域の活性化と交流人口の拡大に寄与している、清河八郎顕彰会の活動が評価され、その支援の目的で寄贈になったものです。
説明板は樹脂製で横60cm、縦40cmの二枚で、一枚目には、清河八郎が数え年弱冠十八歳で何故江戸に向かったのか、二枚目には何故「回天の道」と命名したのかが書かれています。
皆さんも是非一度回天の道に足を運びご覧頂きたいと思います。
▼ 贈呈式の様子
向かって左から、正木尚文 清河八郎顕彰会会長、矢島重治 立川ロータリ―クラブ会長、遠藤仁 立川ロータリ―クラブ社会奉仕小委員会委員長
▼ 設置した場所は此処です。
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06.22.09:52
清河八郎文武体験子ども塾を開催します
■ 清河八郎は、学問を儒学の大家東条一堂や安積良斉に学び、武芸は北辰一刀流「玄武館」に学んで僅か一年で免許状を受けています。幕末の江戸において文武両指南の看板を掲げたのは清河八郎ただ一人と言われ、。この文武両道の精神を現代の子供達にも体得してもらおうと、清河八郎顕彰会が主催して子供体験塾を次の要領で開催します。
1 主 催 清河八郎顕彰会
2 期 日 平成25年8月8日(木)
3 時 間 午前10時~午後8時
4 会 場 清川体育館・清川公民館
5 参加費 700円(昼食、夕食、おやつ、傷害保険料)
6 対 象 町内小学校5,6年生
7 定 員 20名(申し込み順に受付け、定員になり次第締め切りになります。)
8 申し込み 各学校を通じて申し込み用紙を配布しますのでご覧ください。(保護者の方の同意が必要です。)
9 日 程 10:00 清川体育館(旧清川小学校体育館)集合
10:10 開校式
10:30 座禅体験(金華山 歓喜寺)
11:50 昼食(清川体育館)
13:00 清河八郎について学ぶ(清河八郎記念館)
14:30 剣道に学ぶ(清川体育館)
16:00 夕食準備(清川公民館)
18:00 夕食、後片付け(清川公民館)
19:00 花火(清川体育館前)
19:30 肝試し(御殿林)
19:50 閉校式(清川体育館)
20:00 解散
10 問い合わせ 清河八郎記念館(TEL/Fax 0234-57-2104)
※ 会場までの送迎は保護者の方にお願いします。
■ 昨年の様子をご覧下さい。
▼ 清河八郎記念館長の広田さんから、八郎のことについて楽しく語ってもらいました。
▼ 清河八郎の生家、齋藤治兵衛家の菩提寺である歓喜寺を訪れ、八郎と妻お蓮のお墓について説明を受け、その後座禅を組みました。
▼ 剣道の型について学びました。
▼ 夕食の準備は全員で行いました。メニューはカレーにデザート付です。
▼ 食事が終わると花火が待っていました。
■ 花火が終わると夏の定番、肝試し。行き先は戊辰戦争で戦場となった御殿林。真っ暗闇の中を歩きますから残念ながら写真はありません。今年も予定していますので、怖いの大好きな皆さんの参加をお持ちしております。
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06.03.17:59
続 回天の道と清川歴史の旅
5月26日、日曜日に開催された「回天の道と清川歴史の旅」の後篇です。
▼ 御諸皇子神社の次は、俳聖松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で最上川を下り、羽黒山へと向かう際に上陸した庄内藩の関所が有った場所にやって来ました。
▼ 清川歴史の旅の最後は御殿林へ、ここは庄内藩主の御殿が有った場所。そして戊辰戦争の時は官軍と庄内藩の戦場となった場所です。
マイクロバスで移動した後、いよいよ回天の道へ入ります。清河八郎が此処を通ったのが弘化4(1847)年5月、166年前の山道はどうだったか知ることはできませんが、同じ道を踏みしめ八郎の存在を感じながらの歩みでした。
▼ 入口のきつい登りを超えるとなだらかな杉に囲まれた小路が続きます。
▼ 休憩を取りながらの回天の道です。休憩中に山菜を見つけ話が弾んでいきます。
▼ 添川の皆さんが整備している展望台で集合写真です。ここからの眺望は最高です。皆さん初めて来られたようでその美しさに感動しておられました。
▼ 回天の道を終え昼食と入浴が待っている「北月山荘」へマイクロバスで移動します。汗を洗い流しスッキリした後の昼食は、心を込めた山菜料理と清流で育った焼きたての岩魚が待っていました。
これで春の行程は終了です。清川の歴史に触れ八郎の想いに触れた一日でした。参加頂いた皆さんお疲れさまでした。そしてご参加頂きありがとうございました。秋になりキノコが出る頃に再度開催しますのでまた別の料理を楽しみしてください。
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05.27.14:25
回天の道と清川歴史の旅を実施しました
5月26日(日)、爽やかに晴れ渡った空の下、「清河八郎顕彰会」が主催する「回天の道と清川歴史の旅」を実施しました。内容は盛り沢山で、八郎が出奔する時に何故人知れぬ山道を選んだのかについて、 清河八郎記念館館長からの話を聞いた後、八郎の郷里である山形県庄内町清川に伝わる、源義経や松尾芭蕉、戊辰の役清川口の戦いなどについて歩きながら学び、その後実際に八郎が辿った山道を歩く、里山ウォーキングを楽しみました。
▼ 清河八郎記念館前で開会式です。参加者は23名庄内町以外からもお出で頂きました。
▼ 清川八郎記念館長からは、幼名「元司」から何故八郎と改名したかについてと、何故人知れぬ山道を使って出奔したかについての話を聞きました。
▼ 金華山 歓喜寺に有る八郎の生家、齋藤治兵衛家の墓地を訪ね、清河八郎、妻お蓮の墓碑をお参りしました。
▼ 日本疏水百選に選定されている「北楯大堰」を渡り、御諸皇子神社の隋神門前で「阿吽形仁王立像」の説明を受けます。
▼ 1800年に建立された権現造り社殿「御諸皇子」神社に伝わる、源義経が平泉に逃れる際の安全祈願やその昔は羽黒山登山口として栄えた事をお聞きしました。
■ 長くなるので、これ以後の日程は第二部で後日お知らせします。
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