
記念館と清河神社の周辺にある紫陽花が見頃になっております。梅雨時のしっとり感と相まって静寂な雰囲気を感じさせてくれています。
[1回]
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安政元(1855)年八郎が、母、亀代を伴って約6箇月を掛けて伊勢参りをした際に立ち寄った各地の状況や、日本の今に対する思いを書き記し、父宛に送った手紙を纏めた「西遊草」(山形県指定文化財)全八巻の中から抜粋して時系列に展示しております。

これまでは、漢文が主だった八郎の日記や手紙でしたが、旅が終わってから母や妹が読み易い様にと、ひらがなを多用した心配りが感じられ、幕末の激動の中でも、八郎の静寂な人生のひとコマを感じることが出来る手紙の数々を是非ご覧下さい。
[2回]

神事が終わった拝殿で引き続き直会を行いました。
今年は48名の皆さんから御出席頂きました。特に今年は、昨年、坂本龍馬の北辰一刀流免状の真贋を決定付ける資料として、記念館が所蔵している八郎免状が用いられたことの縁で、八郎、龍馬、両名が稽古の場としていた北辰一刀流道場「玄武館」千葉榮二郎の子孫の方からも参加して頂きました。

祝辞を述べられる庄内町長原田眞樹氏

スピーチを頂いた、歴史企画研究家「あさくらゆう」氏
高知県香南市のテーマパーク「創造広場アクトランド」から、龍馬の免状が本物かどうかの鑑定を依頼された京都国立博物館が、何故八郎の免状を参考にしたかと云う真相を話して頂きました。
それによると、北辰一刀流免状は多々あるものの、公益財団法人清河八郎記念館という社会的に、そして公に認められている組織が所有する免状としては、国内唯一の免状であったことが挙げられると云うことでした。記念館が所蔵する重みを感じた言葉でもありました。

北辰一刀流玄武館「千葉榮二郎」子孫の熊木能忠氏。

(公財)荘内南洲会理事長水野貞吉氏。

直会でテーブルを飾った清酒「清河倶楽部」です。庄内町のお土産としても大人気の純米吟醸酒です。

予報では雨の文字があり、対策を心配していたのですが、当日は見事な五月晴れとなり、神社役員一同ホッとした中での挙行でした。八郎祥月命日としてから3年目、今年は平日にも拘らず多くの皆さんから御参列頂き、誠に有難く役員一同心から感謝申し上げます。また来年の再会をよろしくお願い致します。
[0回]

爽やかな皐月の風がそよぐなか、清河八郎祥月命日に当たる5月30日(月)に、清河神社において例大祭が挙行されました。式典には関係者約70名が参列し、正木宮司の祝詞、神社本庁献幣使の祝詞に続き、日本九重流詩吟の会立川支部の皆さんから、八郎の辞世の句や、日本九重流三代宗家作の「清河八郎に捧ぐ」等が吟じられました。
式典終了後の直会には48名が参加され、八郎の偉業を讃えながら、顕彰事業に対する様々なご意見を伺うことが出来ました。
昨年末に坂本龍馬の「北辰一刀流免状」の真贋を見極める資料として、清河八郎記念館が所蔵する八郎の「北辰一刀流免状」が使用されたこともあり、北辰一刀流玄武館千葉榮二郎(初代館長千葉周作次男)子孫の方も参列して頂きました。

天気予報は曇り後雨となっておりましたが、爽やかな皐月の空の下で執り行われました。

開式を伝える軽妙な太鼓の音が響き渡りました。

参列者が 修祓を受けます。

本殿の扉を開け祭神を招き入れる開扉の義。「お~~~お~~~」の警蹕(けいひつ)の声が響きます。

正木宮司の祝詞

日本九重流詩吟立川支部による奉吟の義
清河神社奉納吟詠、八郎が自ら作った和歌「ふきおろせ」、「いざさらば」、そして亡き妻「お蓮」を偲んだ「さくら花」、さらには、辞世の句となった「魁て」、また漢詩「志を言う」等を伸びやかな声で吟じて頂きました。
朗詠する日本九重流詩吟学会庄内支部の皆さん。向かって右から土門登洲(とうしゅう)範師
総伝八段(立川教場長)、高野穹洲(きゅうしゅう)範師皆伝八段、太田悠風(ゆうふう)教師奥伝五段。

玉串奉奠を行う崇敬者の皆さん。

式典の最後に正木宮司から御礼の挨拶が有りました。

式典が終わると廣田記念館長から、「本日の資料にも有る、坂本龍馬北辰一刀流免状を特別展示しているので是非ご覧頂きたい。」と紹介が有りました。

式典に続き直会が行われましたが、開催状況については次回ご紹介させて頂きます。暫くお待ち願います。
[0回]

坂本龍馬の「北辰一刀流長刀兵法目録」が本物かどうかの鑑定に使われた、八郎記念館所蔵の免状を特別展示しています。
八郎の免状は、生家である齋藤家に伝えられていたもので、北辰一刀流開祖の千葉周作から授かっています。昨春、高知市内で龍馬の免状が発見され、その真贋を見極めるために、高知県香南市の創造広場アクトランドに貸し出していたものを特別展示しております。また同ランドから寄贈された龍馬の免状のレプリカも同時に展示しています。
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